2025年04月22日
歴史的に重要なロレックス ディープシー・スペシャル、ドレダイヤルのパテック フィリップ 永久カレンダー、
今週もBring A Loupeでは、市場に出ている掘り出し物のヴィンテージウォッチをチェックしていく。
オンラインで見つけたヴィンテージウォッチを紹介する本企画はWatches & Wondersの最新作を紹介するために少々更新頻度を落としていたが、今週から通常のペースに戻していく予定だ。今回はさらに充実した内容となっている。Bring A Loupeを待っていたという読者も多いだろう。あえてコメントで知らせてもらう必要はない。コメント欄があふれてしまっても困るからだ。
さて、前回の特集で取り上げた時計の結果について触れておこう。正直なところ、あまり大きな反響はなかった。ガス・グリソムのオメガ スピードマスターは依然として41万5000ドル(日本円で約6200万円)で販売中であり、ニール・アームストロングの個体はRRオークションにて136万6694ドル(日本円で約1億9500万円)に達している。エテルナ スーパーコンチキはeBayにて3900ドル(日本円で約55万7000円)で再出品された。もっとも手の届きやすい選択肢であったタイタス カリプソマチックは、500ドル(日本円で約7万円)未満のオファー価格で売却された。
それでは、今回も注目モデルを紹介していこう。
ロレックス ディープシー・スペシャル No.35、1966年製
A Rolex Deep Sea Special
我らがBring A Loupeでは初めてのことだと思うが独占発表がある(4月11日HODINKEE本国版掲載当時)。ロンドンでロレックス ディープシー・スペシャル No.35が売りに出されるのだ。
ロレックス ディープシー・スペシャルとは、ロレックスによる初の試作・実験的な深海潜水用時計の名称である。正式な製品名というわけではない。シードゥエラーやディープシーといったモデルの起点は、このディープシー・スペシャル・プロジェクトにある。もちろんこの時計はオイスターケースに大きく依拠しているが、これは潜水艇の外側に装着するために設計された実験機であることをまず強調しておきたい。サイズは非常に大きく、腕時計コレクションの空きを埋めるような存在ではない。むしろロレックスの歴史を物語るひとつの証として捉えるべきものである。「これは博物館にあるべきだ」という、インディ・ジョーンズ的な思いが浮かんでも不思議ではない。だが安心して欲しい。この時計の実物は、スミソニアン博物館やチューリッヒのベイヤー博物館といった施設で実際に展示されている。
A Rolex Deep Sea Special
ロレックスは1950年代から1960年代にかけて、複数のバージョンのディープシー・スペシャルを製造した。本プロジェクトが成果を収めたのは1960年1月23日。この日、ディープシー・スペシャルが地球の最深部、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵(1万916m)の海底に到達した。このとき、時計はバチスカーフ“トリエステ”号の外部に取り付けられていた。同艇にはスイスの海洋学者であるジャック・ピカールと、アメリカ海軍中尉のドン・ウォルシュが搭乗していた。
この1960年の記録的な潜航の前には、1953年と1956年にトリエステ号による“試験潜航”が2回行われており、いずれの航海にもディープシー・スペシャルが搭載されていた。ロレックスはそれぞれの潜航後に設計をわずかに変更しており、最終的には3つのバージョンが存在することとなった。1960年の潜航は、その最終形として位置づけられる。
A Rolex Deep Sea Special
トリエステ号の成功および実際に使用されたディープシー・スペシャルの偉業を受け、ロレックスはその成果を世に広めたいと考えた。これを記念して、マリアナ海溝到達モデルとまったく同じ仕様で製作された記念モデルのディープシー・スペシャルが少数製造された。総製造数についてロレックスが公式に発表したことはなく、正確な数は不明である。ただし、ロレックスが所有する“No.47”の個体が存在することは確認されている。いずれにせよ、製造数が2桁というのは、ロレックスにとっては極めてまれなケースである。
この記念モデルは一般的に小売販売されることはなかったとされており、1960年代半ばから後半にかけて、世界中の博物館や有力なロレックス正規販売店に寄贈されたと考えられている。
A Rolex Deep Sea Special
私の手首の上で。
今回販売される個体は来歴が確認されており、市場でも真正品として認められている。ドイツ・ヴッパータールのヴッパータール時計博物館が所有していたもので、“No.35”と刻まれている。これまでに2度オークションに出品されており、直近では2021年にフィリップスを通じて出品され、105万8500スイスフラン(当時のレートで約1億2700万円)で落札された。手首につければ圧倒的な存在感を放つが、これはロレックスの歴史を象徴する一本である。もし実際にトリエステ号に装着された3本のディープシー・スペシャルが“アポロ計画で宇宙飛行に使用されたスピードマスター”と同様の存在であるならば、今回のような記念モデルは前回紹介したガス・グリソム所有の金無垢スピードマスターに相当するものと言えるだろう。
販売はMaunder Watchesのエイドリアン、オスカー、そしてそのチームによって行われ、価格は“応相談”となっている。詳細はMaunderの公式ウェブサイトを確認して欲しい。
パテック フィリップ Ref.3940J “ドレ”ダイヤル、1989年製
A Patek 3940J with doré dial
もしパテック フィリップにおける“究極の時計(グレイル)”リストを個人的に作成するならば、ステンレススティール製のRef.1518など、その他極めて素晴らしいアイテムを挙げることになると思う。とはいえもっとも現実的な“グレイル”は、おそらくこのドレダイヤルのRef.3940J、特に今回紹介する“No.10”、チューリッヒのべイヤーのために製作された個体だろう。まあ、No.10以外を選んでも十分に満足できるはずだ。
ミシガン州デトロイトにある比較的小規模な遺産専門のオークションハウスを通じて市場に姿を現したこのRef.3940は、シャンパンカラーのダイヤル、すなわち“ドレ”ダイヤルを備えている。これは当時のパテック フィリップのオリジナル証明書にも記されていた正式な表記であり、イエローゴールドケースのパテック フィリップ製永久カレンダーモデルに通常見られるシルバーまたは“ホワイト”ダイヤルのモデルに比べてはるかに希少性の高い仕様である。Ref.3940に関しては製造年が古ければ古いほど価値が高いとされており、このシャンパンカラーのダイヤルは製造初期の第1および第2世代に集中して存在するため、収集価値もいっそう高まっている。こうしたダイヤルは、初期の製造ロットやベイヤーが販売した初期個体に見られるものだが、はっきり言ってこの“ドレ”カラーこそが、Ref.3940Jのケースにもっともよく調和するトーンであると確信している。私自身はゴールド系のダイヤルをあまり好まないが、このリファレンスに関しては例外である。
A Patek 3940J with doré dial
今回紹介するこの個体は、オークションに出品された背景から見て、初代オーナーもしくは長年の所有者による委託であると推察される。ミシガン州ブルームフィールドヒルズ在住の個人コレクションから出てきたもので、出品者は初期のアクアノート Ref.5066も同時に出品しており、審美眼の光る2本を所有していたことがうかがえる。オークションページの記載によれば、本品はオリジナルのボックス(内側の剥がれあるが、これはよく見られる状態)と書類がそろったフルセットである。特筆すべき点として、ケース左側(9時位置側)の側面に刻まれたふたつのホールマークがある。これらは初期製造の個体に固有の特徴であり、ポリッシュされる過程で消失してしまっている場合が多い。このような状態のホールマークが残っている点は非常に重要である。なお、同様にボックスと書類が付属しながらも、ホールマークがポリッシュによって消えていた個体が2022年11月にA Collected Manを通じて10万5000ポンド(当時のレートで約1750万円)で販売された記録がある。
A Patek 3940J with doré dial
このパテック フィリップ Ref.3940Jは、DuMouchelle’sによって2025年4月に開催されるDay Oneオークションのロット1番として出品される予定である。開催日時は4月17日(木)午後11時(米東部時間、日本では4月18日午後1時)。エスティメートは2万〜3万ドル(日本円で約285万〜428万円)とされている。出品ページはこちらから確認できる。
IWC ドッペルクロノ Ref.3711 箱・書類付き、1996年製
An IWC ref. 3711
これは、HODINKEEでも長年にわたり愛されてきたモデルである。1990年代初頭、IWCはドッペルクロノグラフ Ref.3711を発表した。このモデルはスプリットセコンド・クロノグラフの概念を再定義する先駆的なタイムピースであった。ギュンター・ブリュームラインの指揮のもと、リヒャルト・ハブリングの技術力によって、IWCはバルジュー7750をベースに堅牢かつ扱いやすいラトラパンテ機構を開発した。この革新的なメカニズムでは、従来のコラムホイールではなくカムによってクロノグラフおよびスプリットセコンドの制御を行っている。これにより、高精度を保ちながらも耐久性があり量産可能で、かつ高級機ほど価格が跳ね上がらない実用的なコンプリケーションが誕生したのだ。そして(私にとっても)朗報だが、経年とともにコレクターズアイテムとなってはいるものの、中古市場では依然として非常に手の届きやすい存在であり続けている。
An IWC ref. 3711
Ref.3711のデザインは、IWCの傑作パイロットウォッチであるマーク11に着想を得ている。42mm径のステンレススティール製ケース、ドーム型サファイアクリスタル、そして耐磁性を確保するための軟鉄製インナーケースを備えている。現在では広く認識されているIWCの“フリーガー”スタイルだが、このRef.3711とその商業的成功がアイコニックなデザイン言語の確立に大きく貢献したのは間違いない。スプリットセコンド・クロノグラフでありながら、実用性と装着感に優れ、日常使いにも適している。そしてムーブメントの革新性は、もっともマニアックな時計愛好家の心をも掴む魅力を持っている。
販売元はロンドンのSubdial。ティムとそのチームによって、このIWC Ref.3711は現在、希望価格5450ポンド(日本円で約103万円)で公式サイトに掲載されている。詳しくはこちらから確認できる。
ブランド不明 タンク グロッシーギルトダイヤル、1930年代製
A 1930s Anonymous Tank watch
どうやら私は、無銘のヴィンテージウォッチに弱いらしい。Bring A Loupeの選定作業中に優れた時計を見つけると、つい取り上げたくなってしまう。そしてその結果、困った問題が生じる。私はそれぞれの時計についてかなり詳しく書きたくなるものなのだが、実際のところ、こうした古い時計については情報がほとんど残っていない。ブランド名がダイヤルにもケースにもムーブメントにも記されていないのであれば、掘り下げようにも限界がある。
とはいえひとつだけ言えるのは、この時代の標準的ないわゆる中〜廉価帯の時計でさえ、職人技が生きた非常にていねいな作りであり、そこにブランド名がなくとも美しい時計だと直感できるだけの魅力を備えているということである。
今回紹介するのは、比較的シンプルなレクタンギュラー(角型)の“タンク”ウォッチだ。特徴的なフーデッドラグ(覆い付きラグ)を備え、素材は無垢のステンレススティール。これを示す唯一の手がかりが、ケースバックに刻まれた“edelstahl”という文字である。これはドイツ語でステンレススティールを意味する。ムーブメントはおそらく1930年代のほかの腕時計と同様、常識的な範囲で安定して動作するはずだ。しかし私がこの時計を選んだ本当の理由は、ダイヤルにある。
A 1930s Anonymous Tank watch
このコラムを定期的に読んでいる人であれば、私が1960年代以前のグロス仕上げのギルトダイヤルをどれだけ好んでいるかご存じかもしれない。最近、ある独立時計師に会う機会があり、その人物はまさにこの仕上げを現代に蘇らせようと相当な労力をかけていた。スイスから日本へ、そして再びスイスへとダイヤルを送り、すべての工程を正しく再現するために各地をまたいで作業を進めていたという。それほどまでしなければ再現できないほど、本物のヴィンテージ・ギルトダイヤルというのは現代においてほぼ不可能な技術なのである。だからこそコンディションがよく、こうした本物の光沢を持つダイヤルを備えた時計に出会えると、私は無条件に心を動かされてしまう。
この1930年代の無銘タンクウォッチはイタリアのAvocado Vintage Watchesが販売しており、販売担当はMr.A。価格は1250ユーロ(日本円で約20万円)で、Instagramに掲載されている。詳細はこちらから確認できる。
モバード製ギュブラン、1940年代製
A 1940s Movado for Gubelin
コレクターやディーラーのあいだでじわじわと熱が上がりつつあるヴィンテージ モバードは、いまなおヴィンテージウォッチ市場における最良の買い物のひとつに数えられる。今回紹介する1本は、その価値をさらに高める要素を持っている。それは、モバード製でありながらダイヤルに記されているのが“MOVADO”ではなく、スイスの大手小売業者であるエミール・ギュブラン(E. Gubelin)の名である点だ。ギュブランはスイス国内でも有数の歴史を誇る高級時計の正規販売店であり、ヴィンテージ期には他ブランドが製造した時計を、ダイヤル、ケース、ムーブメントすべてにギュブラン名義を施して販売していた。こうしたリテーラーサイン入りのモデルは市場評価が難しい。というのも、「これはモバードである」、「これはオーデマ ピゲ製だ」といった背景があっても、それを十分に理解できない買い手が多く、結果として価格が抑えられる傾向にあるからである。
本品については、ダイヤルの書体やムーブメントの波状の装飾が施されたブリッジといったディテールから明らかにモバード製とわかる。年代を考慮すればコンディションも良好、もしくは極めて良好と言える部類に入り、全体として好ましい1本だ。スクエアケースに関して、私自身は幅25mmを“魔法の数字”として見ている。幅が25mmを超えていれば、2025年の今でも7インチ(約17.8mm周)の手首に無理なく収まり、ヴィンテージ感が強すぎる印象を与えることもないだろう。ここで言う“印象”とはつまり、まるでヴィンテージ風の時計をこれ見よがしにつけているように見られることを避けたい、という意味である。要は、私は時計そのものが好きなのであって、人にどう見られるかを気にしてつけているわけではないのだ。。
A 1940s Movado for Gubelin
このモバード製ギュブランは、フランス・アンティーブ在住のeBay出品者によって出品されており、即決またはオファー価格は750ユーロ(日本円で約12万円)である。詳細はこちらから確認できる。
ブレゲ No.2823 “モントル メダイヨン エキセントリック”、1815年製
1815 Breguet pocket watch
すでにかなりの長さとなっている今回のBring A Loupe、その末尾にひっそりと差し込まれた本稿だが、このブレゲの懐中時計について深掘りしようとすれば(さらに記事が長大になってしまうことから)編集担当にきつく注意されることは間違いない。だから、ここでは端的に述べるにとどめよう。このブレゲの懐中時計は、時計史上最高の時計師にして真の巨匠、アブラアン-ルイ・ブレゲ本人がまだ工房に立っていた時代に製作されたものである。ダイヤルレイアウトはいまやひと目で“ブレゲ”とわかるものであり、現代の同社製腕時計にも多大な影響を与えている。その原点がここにある。理解できただろうか?
本年は、ブレゲ創業250周年の節目である。このタイミングで、例年より多くのブレゲの時計がウェブ上に現れることになるだろう。今すぐこの時計に入札するつもりはないかもしれないが、記憶にとどめておいて欲しい。これから数カ月のあいだに目にするブレゲの懐中時計の多くは、実のところ1823年にこの世を去ったブレゲ本人が手がけたものではない……その事実に、ふと気づく瞬間があるかもしれない。そして少しずつ、こうした真に“ヴィンテージ”なブレゲに出会える機会が、いかに希有であるかを実感することになるだろう。
1815 Breguet pocket watch
このブレゲは、Cortrie社による第267回時計オークションのロット4280番として出品されている。エスティメートは4万〜6万ユーロ(日本円で約650万〜970万円)だ。詳細はこちらから確認可能である(編注:本品は7万1000ユーロ、日本円で約1150万円で落札された)。
オンラインで見つけたヴィンテージウォッチを紹介する本企画はWatches & Wondersの最新作を紹介するために少々更新頻度を落としていたが、今週から通常のペースに戻していく予定だ。今回はさらに充実した内容となっている。Bring A Loupeを待っていたという読者も多いだろう。あえてコメントで知らせてもらう必要はない。コメント欄があふれてしまっても困るからだ。
さて、前回の特集で取り上げた時計の結果について触れておこう。正直なところ、あまり大きな反響はなかった。ガス・グリソムのオメガ スピードマスターは依然として41万5000ドル(日本円で約6200万円)で販売中であり、ニール・アームストロングの個体はRRオークションにて136万6694ドル(日本円で約1億9500万円)に達している。エテルナ スーパーコンチキはeBayにて3900ドル(日本円で約55万7000円)で再出品された。もっとも手の届きやすい選択肢であったタイタス カリプソマチックは、500ドル(日本円で約7万円)未満のオファー価格で売却された。
それでは、今回も注目モデルを紹介していこう。
ロレックス ディープシー・スペシャル No.35、1966年製
A Rolex Deep Sea Special
我らがBring A Loupeでは初めてのことだと思うが独占発表がある(4月11日HODINKEE本国版掲載当時)。ロンドンでロレックス ディープシー・スペシャル No.35が売りに出されるのだ。
ロレックス ディープシー・スペシャルとは、ロレックスによる初の試作・実験的な深海潜水用時計の名称である。正式な製品名というわけではない。シードゥエラーやディープシーといったモデルの起点は、このディープシー・スペシャル・プロジェクトにある。もちろんこの時計はオイスターケースに大きく依拠しているが、これは潜水艇の外側に装着するために設計された実験機であることをまず強調しておきたい。サイズは非常に大きく、腕時計コレクションの空きを埋めるような存在ではない。むしろロレックスの歴史を物語るひとつの証として捉えるべきものである。「これは博物館にあるべきだ」という、インディ・ジョーンズ的な思いが浮かんでも不思議ではない。だが安心して欲しい。この時計の実物は、スミソニアン博物館やチューリッヒのベイヤー博物館といった施設で実際に展示されている。
A Rolex Deep Sea Special
ロレックスは1950年代から1960年代にかけて、複数のバージョンのディープシー・スペシャルを製造した。本プロジェクトが成果を収めたのは1960年1月23日。この日、ディープシー・スペシャルが地球の最深部、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵(1万916m)の海底に到達した。このとき、時計はバチスカーフ“トリエステ”号の外部に取り付けられていた。同艇にはスイスの海洋学者であるジャック・ピカールと、アメリカ海軍中尉のドン・ウォルシュが搭乗していた。
この1960年の記録的な潜航の前には、1953年と1956年にトリエステ号による“試験潜航”が2回行われており、いずれの航海にもディープシー・スペシャルが搭載されていた。ロレックスはそれぞれの潜航後に設計をわずかに変更しており、最終的には3つのバージョンが存在することとなった。1960年の潜航は、その最終形として位置づけられる。
A Rolex Deep Sea Special
トリエステ号の成功および実際に使用されたディープシー・スペシャルの偉業を受け、ロレックスはその成果を世に広めたいと考えた。これを記念して、マリアナ海溝到達モデルとまったく同じ仕様で製作された記念モデルのディープシー・スペシャルが少数製造された。総製造数についてロレックスが公式に発表したことはなく、正確な数は不明である。ただし、ロレックスが所有する“No.47”の個体が存在することは確認されている。いずれにせよ、製造数が2桁というのは、ロレックスにとっては極めてまれなケースである。
この記念モデルは一般的に小売販売されることはなかったとされており、1960年代半ばから後半にかけて、世界中の博物館や有力なロレックス正規販売店に寄贈されたと考えられている。
A Rolex Deep Sea Special
私の手首の上で。
今回販売される個体は来歴が確認されており、市場でも真正品として認められている。ドイツ・ヴッパータールのヴッパータール時計博物館が所有していたもので、“No.35”と刻まれている。これまでに2度オークションに出品されており、直近では2021年にフィリップスを通じて出品され、105万8500スイスフラン(当時のレートで約1億2700万円)で落札された。手首につければ圧倒的な存在感を放つが、これはロレックスの歴史を象徴する一本である。もし実際にトリエステ号に装着された3本のディープシー・スペシャルが“アポロ計画で宇宙飛行に使用されたスピードマスター”と同様の存在であるならば、今回のような記念モデルは前回紹介したガス・グリソム所有の金無垢スピードマスターに相当するものと言えるだろう。
販売はMaunder Watchesのエイドリアン、オスカー、そしてそのチームによって行われ、価格は“応相談”となっている。詳細はMaunderの公式ウェブサイトを確認して欲しい。
パテック フィリップ Ref.3940J “ドレ”ダイヤル、1989年製
A Patek 3940J with doré dial
もしパテック フィリップにおける“究極の時計(グレイル)”リストを個人的に作成するならば、ステンレススティール製のRef.1518など、その他極めて素晴らしいアイテムを挙げることになると思う。とはいえもっとも現実的な“グレイル”は、おそらくこのドレダイヤルのRef.3940J、特に今回紹介する“No.10”、チューリッヒのべイヤーのために製作された個体だろう。まあ、No.10以外を選んでも十分に満足できるはずだ。
ミシガン州デトロイトにある比較的小規模な遺産専門のオークションハウスを通じて市場に姿を現したこのRef.3940は、シャンパンカラーのダイヤル、すなわち“ドレ”ダイヤルを備えている。これは当時のパテック フィリップのオリジナル証明書にも記されていた正式な表記であり、イエローゴールドケースのパテック フィリップ製永久カレンダーモデルに通常見られるシルバーまたは“ホワイト”ダイヤルのモデルに比べてはるかに希少性の高い仕様である。Ref.3940に関しては製造年が古ければ古いほど価値が高いとされており、このシャンパンカラーのダイヤルは製造初期の第1および第2世代に集中して存在するため、収集価値もいっそう高まっている。こうしたダイヤルは、初期の製造ロットやベイヤーが販売した初期個体に見られるものだが、はっきり言ってこの“ドレ”カラーこそが、Ref.3940Jのケースにもっともよく調和するトーンであると確信している。私自身はゴールド系のダイヤルをあまり好まないが、このリファレンスに関しては例外である。
A Patek 3940J with doré dial
今回紹介するこの個体は、オークションに出品された背景から見て、初代オーナーもしくは長年の所有者による委託であると推察される。ミシガン州ブルームフィールドヒルズ在住の個人コレクションから出てきたもので、出品者は初期のアクアノート Ref.5066も同時に出品しており、審美眼の光る2本を所有していたことがうかがえる。オークションページの記載によれば、本品はオリジナルのボックス(内側の剥がれあるが、これはよく見られる状態)と書類がそろったフルセットである。特筆すべき点として、ケース左側(9時位置側)の側面に刻まれたふたつのホールマークがある。これらは初期製造の個体に固有の特徴であり、ポリッシュされる過程で消失してしまっている場合が多い。このような状態のホールマークが残っている点は非常に重要である。なお、同様にボックスと書類が付属しながらも、ホールマークがポリッシュによって消えていた個体が2022年11月にA Collected Manを通じて10万5000ポンド(当時のレートで約1750万円)で販売された記録がある。
A Patek 3940J with doré dial
このパテック フィリップ Ref.3940Jは、DuMouchelle’sによって2025年4月に開催されるDay Oneオークションのロット1番として出品される予定である。開催日時は4月17日(木)午後11時(米東部時間、日本では4月18日午後1時)。エスティメートは2万〜3万ドル(日本円で約285万〜428万円)とされている。出品ページはこちらから確認できる。
IWC ドッペルクロノ Ref.3711 箱・書類付き、1996年製
An IWC ref. 3711
これは、HODINKEEでも長年にわたり愛されてきたモデルである。1990年代初頭、IWCはドッペルクロノグラフ Ref.3711を発表した。このモデルはスプリットセコンド・クロノグラフの概念を再定義する先駆的なタイムピースであった。ギュンター・ブリュームラインの指揮のもと、リヒャルト・ハブリングの技術力によって、IWCはバルジュー7750をベースに堅牢かつ扱いやすいラトラパンテ機構を開発した。この革新的なメカニズムでは、従来のコラムホイールではなくカムによってクロノグラフおよびスプリットセコンドの制御を行っている。これにより、高精度を保ちながらも耐久性があり量産可能で、かつ高級機ほど価格が跳ね上がらない実用的なコンプリケーションが誕生したのだ。そして(私にとっても)朗報だが、経年とともにコレクターズアイテムとなってはいるものの、中古市場では依然として非常に手の届きやすい存在であり続けている。
An IWC ref. 3711
Ref.3711のデザインは、IWCの傑作パイロットウォッチであるマーク11に着想を得ている。42mm径のステンレススティール製ケース、ドーム型サファイアクリスタル、そして耐磁性を確保するための軟鉄製インナーケースを備えている。現在では広く認識されているIWCの“フリーガー”スタイルだが、このRef.3711とその商業的成功がアイコニックなデザイン言語の確立に大きく貢献したのは間違いない。スプリットセコンド・クロノグラフでありながら、実用性と装着感に優れ、日常使いにも適している。そしてムーブメントの革新性は、もっともマニアックな時計愛好家の心をも掴む魅力を持っている。
販売元はロンドンのSubdial。ティムとそのチームによって、このIWC Ref.3711は現在、希望価格5450ポンド(日本円で約103万円)で公式サイトに掲載されている。詳しくはこちらから確認できる。
ブランド不明 タンク グロッシーギルトダイヤル、1930年代製
A 1930s Anonymous Tank watch
どうやら私は、無銘のヴィンテージウォッチに弱いらしい。Bring A Loupeの選定作業中に優れた時計を見つけると、つい取り上げたくなってしまう。そしてその結果、困った問題が生じる。私はそれぞれの時計についてかなり詳しく書きたくなるものなのだが、実際のところ、こうした古い時計については情報がほとんど残っていない。ブランド名がダイヤルにもケースにもムーブメントにも記されていないのであれば、掘り下げようにも限界がある。
とはいえひとつだけ言えるのは、この時代の標準的ないわゆる中〜廉価帯の時計でさえ、職人技が生きた非常にていねいな作りであり、そこにブランド名がなくとも美しい時計だと直感できるだけの魅力を備えているということである。
今回紹介するのは、比較的シンプルなレクタンギュラー(角型)の“タンク”ウォッチだ。特徴的なフーデッドラグ(覆い付きラグ)を備え、素材は無垢のステンレススティール。これを示す唯一の手がかりが、ケースバックに刻まれた“edelstahl”という文字である。これはドイツ語でステンレススティールを意味する。ムーブメントはおそらく1930年代のほかの腕時計と同様、常識的な範囲で安定して動作するはずだ。しかし私がこの時計を選んだ本当の理由は、ダイヤルにある。
A 1930s Anonymous Tank watch
このコラムを定期的に読んでいる人であれば、私が1960年代以前のグロス仕上げのギルトダイヤルをどれだけ好んでいるかご存じかもしれない。最近、ある独立時計師に会う機会があり、その人物はまさにこの仕上げを現代に蘇らせようと相当な労力をかけていた。スイスから日本へ、そして再びスイスへとダイヤルを送り、すべての工程を正しく再現するために各地をまたいで作業を進めていたという。それほどまでしなければ再現できないほど、本物のヴィンテージ・ギルトダイヤルというのは現代においてほぼ不可能な技術なのである。だからこそコンディションがよく、こうした本物の光沢を持つダイヤルを備えた時計に出会えると、私は無条件に心を動かされてしまう。
この1930年代の無銘タンクウォッチはイタリアのAvocado Vintage Watchesが販売しており、販売担当はMr.A。価格は1250ユーロ(日本円で約20万円)で、Instagramに掲載されている。詳細はこちらから確認できる。
モバード製ギュブラン、1940年代製
A 1940s Movado for Gubelin
コレクターやディーラーのあいだでじわじわと熱が上がりつつあるヴィンテージ モバードは、いまなおヴィンテージウォッチ市場における最良の買い物のひとつに数えられる。今回紹介する1本は、その価値をさらに高める要素を持っている。それは、モバード製でありながらダイヤルに記されているのが“MOVADO”ではなく、スイスの大手小売業者であるエミール・ギュブラン(E. Gubelin)の名である点だ。ギュブランはスイス国内でも有数の歴史を誇る高級時計の正規販売店であり、ヴィンテージ期には他ブランドが製造した時計を、ダイヤル、ケース、ムーブメントすべてにギュブラン名義を施して販売していた。こうしたリテーラーサイン入りのモデルは市場評価が難しい。というのも、「これはモバードである」、「これはオーデマ ピゲ製だ」といった背景があっても、それを十分に理解できない買い手が多く、結果として価格が抑えられる傾向にあるからである。
本品については、ダイヤルの書体やムーブメントの波状の装飾が施されたブリッジといったディテールから明らかにモバード製とわかる。年代を考慮すればコンディションも良好、もしくは極めて良好と言える部類に入り、全体として好ましい1本だ。スクエアケースに関して、私自身は幅25mmを“魔法の数字”として見ている。幅が25mmを超えていれば、2025年の今でも7インチ(約17.8mm周)の手首に無理なく収まり、ヴィンテージ感が強すぎる印象を与えることもないだろう。ここで言う“印象”とはつまり、まるでヴィンテージ風の時計をこれ見よがしにつけているように見られることを避けたい、という意味である。要は、私は時計そのものが好きなのであって、人にどう見られるかを気にしてつけているわけではないのだ。。
A 1940s Movado for Gubelin
このモバード製ギュブランは、フランス・アンティーブ在住のeBay出品者によって出品されており、即決またはオファー価格は750ユーロ(日本円で約12万円)である。詳細はこちらから確認できる。
ブレゲ No.2823 “モントル メダイヨン エキセントリック”、1815年製
1815 Breguet pocket watch
すでにかなりの長さとなっている今回のBring A Loupe、その末尾にひっそりと差し込まれた本稿だが、このブレゲの懐中時計について深掘りしようとすれば(さらに記事が長大になってしまうことから)編集担当にきつく注意されることは間違いない。だから、ここでは端的に述べるにとどめよう。このブレゲの懐中時計は、時計史上最高の時計師にして真の巨匠、アブラアン-ルイ・ブレゲ本人がまだ工房に立っていた時代に製作されたものである。ダイヤルレイアウトはいまやひと目で“ブレゲ”とわかるものであり、現代の同社製腕時計にも多大な影響を与えている。その原点がここにある。理解できただろうか?
本年は、ブレゲ創業250周年の節目である。このタイミングで、例年より多くのブレゲの時計がウェブ上に現れることになるだろう。今すぐこの時計に入札するつもりはないかもしれないが、記憶にとどめておいて欲しい。これから数カ月のあいだに目にするブレゲの懐中時計の多くは、実のところ1823年にこの世を去ったブレゲ本人が手がけたものではない……その事実に、ふと気づく瞬間があるかもしれない。そして少しずつ、こうした真に“ヴィンテージ”なブレゲに出会える機会が、いかに希有であるかを実感することになるだろう。
1815 Breguet pocket watch
このブレゲは、Cortrie社による第267回時計オークションのロット4280番として出品されている。エスティメートは4万〜6万ユーロ(日本円で約650万〜970万円)だ。詳細はこちらから確認可能である(編注:本品は7万1000ユーロ、日本円で約1150万円で落札された)。
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